衛生仮説って何?
免疫細胞と衛生環境の関係
「衛生仮説」とは、「現代人にアレルギー体質が増えているのは、過剰なまでに整った衛生環境が原因である」とする学術理論です。この仮説は近年、アレルギーの急増と生活環境の変化との関連を示すものとして、学会でも大きな注目を集めています。
人の免疫細胞は本来、体内に侵入した病原菌やウイルスを識別し、排除する重要な働きを担っています。しかし、花粉やホコリなど本来は無害な物質に対しても、病原菌と勘違いして過剰に反応してしまうことがあります。これが、くしゃみや鼻炎などのアレルギー症状の原因となります。
この「免疫細胞の勘違い」と衛生環境とのデータとして、戦後間もない日本の状況が参考になります。当時は衛生環境が十分に整っておらず、結核や寄生虫などの感染症が蔓延していたものの、アレルギー疾患はほとんど見られませんでした。しかし、1970年代以降に衛生環境が飛躍的に向上した結果、感染症は激減した一方で、花粉症やアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎といったアレルギー患者は急増しています。この変化は、衛生環境の改善とアレルギー患者数の増加が反比例していることを示しているのです。
戦後、衛生環境が整うと同時に、
アレルギー患者が増加!
免疫細胞が勘違いしてしまうのはなぜ?
戦後の日本は衛生環境が整っていない分、山や川、田畑などが住環境の周りにあり、日常的に多種多様な菌に触れる生活が当たり前でした。こうした環境では、免疫細胞がさまざまな菌の情報をインプットでき、有害な病原菌と無害な物質を正しく識別する力が育ちやすかったと考えられます。
ところが衛生環境が整備された現代では、都市部を中心に生活環境がアスファルトやコンクリートに覆われ、自然と触れあう機会が大きく減っています。さらに、除菌や殺菌などの習慣も普及したことで、体内に入る菌の種類や量が著しく減少しました。
その結果、免疫細胞は十分な学習機会を得られず、本来は無害な花粉やホコリまで病原菌と勘違いし、過剰に反応してしまいやすい体質になっているのです。実際、現代の日本国民の2人に1人がアレルギー体質と言われており、「菌との接触不足」が大きな原因の一つと考えられています。
この傾向は日本だけでなく世界各地で報告されており、さまざまな菌と触れあう環境で暮らす人の方がアレルギー体質になりにくいという疫学調査も複数存在します。
疫学調査①農耕民アーミッシュは
アレルギー発症率が1/10
ミュンヘン大学のエリカ・フォン・ムティウス教授が行った疫学調査では、米国の農村部で伝統的な自給自足生活を送る宗教集団「アーミッシュ」の子どもたちは、都市部に暮らす子どもに比べて、花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患の罹患率が約10分の1であることが分かりました。
疫学調査②兄弟姉妹が多いほど
アレルギーになりにくい
英国の疫学者デヴィッド・ストラカン博士は、1958年3月に生まれた英国人1万7414名を対象に、アレルギー疾患の発症と関連する環境要因の調査を実施。兄弟姉妹が多い子どもほどアレルギー疾患の発症率が低く、特に長子が最もアレルギーを発症しやすい傾向があることを明らかにしました。
衛生仮説
1958年3月に生まれた英国人17414名
また、農村に住んでいない人は、住んでいる人と比べて花粉症の発症率が約3倍(※)にもなるというデータもあります。このように、無菌的な環境よりも、さまざまな菌と触れあう機会が多い環境で育つほど、アレルギー体質になりにくくなることが示されています。
免疫細胞には「継続した教育」が必要
ただし、幼少期に菌と触れあって育った経験があっても、その効果が一生続くわけではありません。免疫細胞の「教育」は継続が重要であり、大人になってからも菌との接触を続けなければ、免疫細胞は再び勘違いしやすい状態に傾いていきます。
実際、自然環境に恵まれた田舎で育った人でも、都市部で生活を続けているうちに、花粉症や通年性のアレルギー性鼻炎を発症するケースもあります。週末のガーデニングや家庭菜園など、たまに土に触れる程度では、十分に菌の情報をインプットできず、免疫細胞の教育には不十分とされています。
こうした背景から、現代人に不足している菌の種類を意図的に摂取し、免疫細胞に再び正しい情報を与えることが、アレルギー体質の改善に役立つと考えられています。最近の研究では、酢酸菌に代表される「グラム陰性菌」と呼ばれる菌が、この役割を担う可能性があることが注目されています。グラム陰性菌を摂ることで、免疫細胞の勘違いを減らし、過剰なアレルギー反応を抑える効果が期待されています。
(※)Braun-Fahrländer, Charlotte, et al. "Environmental exposure to endotoxin and its relation to asthma in school-age children." New England Journal of Medicine 347.12 (2002): 869-877.

キユーピー株式会社
奥山洋平
キユーピー株式会社入社後、研究所を中心に、経営企画部、マーケティング部、知的財産部を経て現職(免疫・認知プロジェクト 次長)。2012年社内ビジネスコンペでのテーマ選出を契機に、酢酸菌事業化プロジェクトのリーダーに従事。

